やっぱり、メロディー (感) !? でしょ ... (2)
- Takumi Iwasky
- 2014年1月22日
- 読了時間: 3分
前回は、メロディーの話が微妙にズレて、G.S.メロが好きなのはわかったけど、 それがどうした? と突っ込まれても致し方ないような記事でした。(謝)
今回は、もう一歩進めて、洋楽メロ(英詞)と邦楽メロの違いについて。
基本的に、最近のJ-POP曲は、洋楽曲に近いものが多く、サウンド指向ですね。 歌詞は、リズムに合わせて投げ込まれたかの様なモノが主流で、(ラップなどは、 最たる例ですが、)曲の構造的には洋楽と大差無いと言えるでしょう。 聴いていても、日本語じゃない方が良いのでは?、とか、イントネーションが変、 と思ってしまうモノも多く、逆にそれがキャラクターというか個性になってる。 が、丁寧に日本語をメロディーにのせようとすると、実は、洋楽とは全く異なる ラインになりたがる ! ? のです。 あくまでも持論ですけどね。
そんなワケで、日本語のメロディーを作る時は、先に歌詞があった方が、 やり易いですね。いわゆる「シセン」(詞が先にある)ってやつです。 日本語はそれぞれの言葉が、細かいイメージと直結しているので、 (語彙数が多い!)世界観は、ごまかしが効かないのでしょう。 例えば、英語なら、i (私) と言えば済む(あるいは省略できる)ところを、 「私」「ボク」「あたし」「おれ」っていう言葉、どれを選びたいか? って時点でパラメータ多いし、それを決めないと先へは進めませんね。 (ま、普通は自然と決まっていますが。。) しかも例えば、情景描写するにも言葉数が多く必要、というか字数を食います。 という事で、メロディーが長くなり過ぎて、ま・の・び しがちに。 要は、話の長いヒト、みたいな。 だからといって、ヘタに16音符を多用しすぎると、妙な出来損ないに... ですから、無駄な言葉は省いて、肝心な言葉だけで伝わり、 行間は、リスナーが自然に(暗黙のうちに)埋められる様な歌詞! これが、ベストと思いますね。 はっきり言って、良く出来た日本語の歌詞は、レベル高いです。
逆に、洋楽サウンドを作る時は、詞は最後で良い、というか、場合によっては どうでも良い(笑) イカしたビートとサウンドがあれば、メロディーはドとソをリズミカルに 行ったり来たりしてるだけで、それなりの雰囲気は作れてしまいますから。 あるいは、好きな言葉を羅列するだけでも、「イメージ」としての世界観は 伝わるので、ラップとか、ナレーション的な、決まった音程の無いヴォイスでも 成立する場合があります。半ば、器楽的な使い方っていう事です。 結局のところ、聴いているところが違う、というか、英語の詩の世界は、 少なくともポップスのジャンル内では、通常あまり真剣に追求されて無い気もします。 もちろん一部には、感心させられるモノや、皆が声を合わせて唄いたくなる様な 名曲/名リフレインもあるのですが。。
英語や独語の特殊性は、子音が強いのでリズミカルになる、って言う点です。 80年代初頭までは、16分音符に乗せてましたが、それ以降、ラップが登場して からというものは、どんどん、この部分が特化して細分化/発展していきました。 ノリが細かくて、3連系にハネたり、跳ねなかったり。60%スウィングしてる、 とかネ。。 いわゆるブレイク・ビーツの流行で、過去のカッコいい groove グルーブ =「ノリ」 をDJさん達が、色々を提示してくれたので、深〜くなっていたのでしょう。 90年代は、ホントにDJの存在無しには、語れないし、その後の音楽シーンは ずいぶんと様子の違うモノになっていたでしょうね。
取りあえず、前回も邦楽/G.S.メロから、話が始まったので、その「締め」として、 自作の中では、詞センで作られた、邦楽メロの代表曲のひとつ : 麻倉 晶「炎のラヴチェイス」をあげておきます。 http://soundcloud.com/takumi-iwasky/wy9lzqbmvicd 次回は、洋楽的メロのアプローチについて、の予定で。。。未定ですw